イングリッシュ・マスティフの歴史

イングリッシュ・マスティフ

イングリッシュ・マスティフは、イギリスを原産国とする非常に古い歴史を持つ犬種です。その起源は紀元前にまで遡ると言われており、かつては戦闘犬や猛獣と戦う闘犬、さらには城や領地を守るための強固な護衛犬や番犬として重宝されてきました。

歴史的な文献や過去の記録においては、この犬種を「オールド・イングリッシュ・マスティフ」と表記しているケースも見られます。これは、彼らがイギリスの地で古くから血統を繋いできた重厚な歴史そのものを物語る呼び名と言えます。

時代の移り変わりとともに闘犬としての役割を終えた後は、その穏やかで辛抱強い性質が注目されるようになりました。現在では、かつての獰猛なイメージから完全に脱却し、飼い主に対して深い愛情を注ぐことのできる、落ち着きに満ちた家庭犬として世界中で高く評価されています。

イングリッシュ・マスティフの特徴

イングリッシュ・マスティフの親子

イングリッシュ・マスティフを一言で表現するならば、超大型犬らしい重厚感と圧倒的な威厳に満ちた犬種です。一目見ただけで誰もがその大きさに息をのむような、並外れたスケール感を備えています。

頭部は非常に幅が広く、四角くがっしりとした形状をしており、たるみのある皮膚が独特の表情を作り出しています。胸は深く、筋肉質で頑丈な四肢がその巨大な胴体をしっかりと支えており、大型犬の中でも特に際立った巨体を持つ犬種であると言えます。

その立ち姿からは強大な力が感じられる一方で、不思議と威圧感だけではなく、静かな落ち着きと気品ある美しさが漂います。巨大でありながらも、荒々しさを感じさせない均整の取れた体つきが、本種の大きな魅力となっています。

イングリッシュ・マスティフの大きさ

イングリッシュ・マスティフは、全犬種の中でも最大級の体格を誇る超大型犬です。成犬時の平均的な体高は、オスで約76cm以上、メスで約70cm以上にも達し、人間の腰以上の高さになることも珍しくありません。

体重の目安はさらに驚異的であり、成犬のオスでは約73kgから100kg近く、メスでも約68kgから84kg程度まで成長します。子犬の時期から急激なスピードで成長を遂げ、成犬になったときの体重の重さは人間の大人を遥かに凌ぐことがあります。

そのため、室内で共に暮らすことになった場合の存在感は圧倒的です。一部屋を占有するかのようなサイズ感であるため、飼い主は「本当にこの巨大なサイズをコントロールし、家庭内で安全に暮らせるスペースがあるか」を事前に深くシミュレーションする必要があります。

イングリッシュ・マスティフの被毛タイプ

イングリッシュ・マスティフの被毛は、短く滑らかな質感を持つ短毛タイプに分類されます。体にぴったりと沿うように生え揃った毛質をしており、長毛犬のように毛玉になって絡まるような心配はありません。

お手入れのしやすさという点では、毎日の念入りなブラッシングに追われる負担は比較的少ないと言えます。しかし、短毛種特有の換毛期には、それなりの量の抜け毛が発生するため、定期的なラバーブラシなどによるケアは不可欠です。

また、被毛そのものの手入れはシンプルですが、本種は口元に独特のたるみがあるため、よだれが出やすい傾向があります。日常的には、口まわりの汚れをこまめに拭き取ることや、皮膚のしわの間に汚れが溜まらないよう清潔に保つ管理が、被毛と皮膚の健康を維持するために大切です。

イングリッシュ・マスティフの毛色の種類

イングリッシュ・マスティフの代表的な毛色としては、フォーン、アプリコット、そしてブリンドルなどが挙げられます。フォーンはやや明るい砂色のような色合いであり、ブリンドルはベースとなる色に黒い虎目のような縞模様が入る美しいカラーです。

どの毛色であっても、マスティフの大きな特徴として、マズルや耳、目の周囲が黒くなる「ブラック・マスク」と呼ばれる配色が見られます。この黒いマスクが、顔まわりの印象をより引き締め、独特の厳格さと深い表情を生み出しています。

なお、これらの毛色の違いによって、犬の性格が変化したり、個体としての優劣や価値が断定されたりすることはありません。

イングリッシュ・マスティフの性格

ぐでっとしているイングリッシュ・マスティフの子犬

イングリッシュ・マスティフの性格は、その恐ろしげに見える外見とは裏腹に、非常に穏やかで落ち着きがあり、飼い主やその家族に対して極めて深い愛情を示します。家族を守ろうとする本能が強く、信頼した人間には従順です。

一方で、かつて護衛犬や番犬として活躍していた背景から、見知らぬ人や他の犬に対しては強い警戒心や慎重さを見せることがあります。家族に対して見せる甘えん坊な一面と、部外者に対する毅然とした態度のギャップが特徴的です。

子どもや先住犬との相性については、基本的には辛抱強く寛容に接することができる犬種ですが、何よりその体格差に注意が必要です。悪気はなくても、巨体ゆえに軽くぶつかっただけで相手に怪我をさせてしまうリスクがあるため、日常の管理は非常に重要となります。

留守番については、過度な分離不安を起こしにくい落ち着きを備えていますが、長時間の放置はストレスに繋がります。性格自体は家庭犬として優れているものの、ひとたび興奮した際のパワーを人間が制御できるかどうかが、飼育の成否を分けます。

イングリッシュ・マスティフの価格相場

PRICE

イングリッシュ・マスティフの子犬を日本国内で迎える場合の生体価格相場は、一般的に約50万円から80万円前後、場合によってはそれ以上の高額になることもあります。価格にこれほどの幅が出るのには、いくつかの明確な理由が存在します。

血統の優秀さや両親のドッグショーでの実績、子犬の月齢、性別、そして親犬の遺伝子検査などの健康状態が価格に影響を与えます。さらに、本種は日本国内での流通量が極めて少なく、ブリーダーの数も限られているため、希少価値が価格を押し上げる大きな要因です。

日本で本種を迎える際には、海外からの輸入を選択肢に入れるケースもあり、その場合は輸送費や検疫費用が上乗せされます。また、生体価格だけでなく、超大型犬用の巨大なケージなどの初期費用、毎月の莫大なフード代や医療費といった継続費用を見据える必要があります。

イングリッシュ・マスティフのブリーダーを探す方法

イングリッシュ・マスティフは一般的なペットショップで見かけることはほぼないため、専門のブリーダーや犬舎を直接探すのが主な導線となります。国内の希少犬種を扱うコミュニティや、専門の仲介サイトを通じてコンタクトを取る方法が一般的です。

ブリーダーを見学する際には、子犬だけでなく親犬の健康状態や性格を必ず確認させてもらいましょう。また、飼育環境が清潔に保たれているか、遺伝性疾患に関する説明やワクチンの接種状況、引き渡し後のアフターフォローが整っているかを確認することが大切です。

国内での出産情報が数年に一度しかないケースもあるため、出会える機会は非常に限られているという覚悟が必要です。なお、非常に稀なケースではありますが、大型犬の保護活動を行っている団体を通じて、里親として成犬を迎えるという選択肢が存在することもあります。

イングリッシュ・マスティフの飼い方

広いリビング

イングリッシュ・マスティフとの暮らしでは、その巨体を安全に管理するための住環境づくりが何よりも重視されます。家庭内での移動導線を広く確保し、お互いがストレスなくすれ違えるだけのスペースが必要です。

食事の管理においては、体が大きいからといって無制限に与えるのではなく、適切な栄養バランスと徹底した体重管理が求められます。肥満は心臓や関節に致命的な負担をかけるため、毎日のフード量は正確に計量し、食事スペースも犬が楽な姿勢で食べられるよう高さを調節します。

また、室内での滑り対策は必須項目であり、フローリングの床には必ず滑り止めのマットや絨毯を敷き詰めてください。留守番中や来客時には、万が一の飛びつきや転倒事故を防ぐため、頑丈なゲートやサークルを用いて犬の行動範囲を適切にコントロールする仕組みを作ります。

イングリッシュ・マスティフの運動量

イングリッシュ・マスティフは、超大型犬ではありますが、アラスカン・マラミュートやシベリアン・ハスキーのように、四六時中走り回るような極端に激しい運動量を必要とする犬種ではありません。

散歩の目安としては、1日2回、それぞれ30分から1時間程度、犬のペースに合わせてゆっくりと歩く有酸素運動が基本となります。子犬の時期と成犬の時期では運動の質を変える必要があり、骨や関節が未発達な子犬期に無理な長距離を歩かせたり、激しいジャンプをさせたりするのは厳禁です。

成犬になっても、ドッグランなどで猛スピードで走らせるよりは、落ち着いた散歩を通じて筋肉を維持し、体重管理に繋げる方向性が適しています。関節に過度な負担をかけないよう、傾斜の激しい坂道や階段の昇り降りは避け、平坦な道を穏やかに歩かせる工夫が求められます。

イングリッシュ・マスティフのしつけ方

イングリッシュ・マスティフのしつけにおいて、最も優先順位が高いのは「社会化」と「制止のコマンド」の徹底です。体が非常に大きいため、成犬になってから引っ張り癖や飛びつき癖が出てしまうと、人間の力で抑え込むことは物理的に不可能になります。

子犬の時期から、多くの人間や他の犬、車の音や街の環境に慣れさせ、過剰な警戒心を抱かせない社会化トレーニングを積み重ねます。散歩中の引っ張り防止や、嬉しさのあまり人に飛びつく行為は、幼い頃から一貫して禁止のルールを教えておく必要があります。

しつけを行う際は、力任せに怒鳴ったり強く抑え込んだりするのではなく、主従関係を明確にしつつ、一貫したルールと落ち着いた態度で褒めて伸ばす信頼関係を築いてください。来客があっても、指示一つで自分のハウスやベッドに戻って静かに待てるレベルを目指します。

イングリッシュ・マスティフのケア方法

イングリッシュ・マスティフの被毛ケアは比較的シンプルで、週に数回の定期的なブラッシングと、月に1回程度のシャンプーで十分に美しい状態を保つことができます。ただし、体が大きいためシャンプーや乾燥には相応の時間と広いスペースが必要です。

日常のケアとして特に注意したいのは、垂れ耳の構造をしているための定期的な耳掃除、大きな体を支える爪の適切なカット、そして歯周病を防ぐための歯磨きです。これらは子犬の頃から体を触られることに慣れさせておかないと、成犬後にケアができなくなります。

さらに、本種特有のケアとして、よだれの処理が挙げられます。部屋の壁や家具によだれが飛ぶことがあるため、口元の汚れを拭くための専用のタオルを常に用意し、犬が頻繁に使う寝床まわりもこまめに洗濯して清潔な環境を維持する配慮が大切です。

イングリッシュ・マスティフの寿命と病気

ハートの聴診器

イングリッシュ・マスティフの平均寿命は、一般的に約6年から10年程度とされており、小型犬や中型犬と比較すると、どうしても短命な傾向にある超大型犬特有の宿命を持っています。しかし、日々の健康管理次第で、その質を大きく高めることは可能です。

長生きのために飼い主が意識すべきポイントは、徹底した体重管理による関節の保護、命に関わる胃拡張対策、そして日々の歯科ケアと定期的な動物病院での健診です。寿命の数字に一喜一憂するだけでなく、いかに健康な期間を長く保てるかが重要になります。

特に高齢期に入ると、体重の重さが原因で起き上がるのが困難になることもあるため、若いうちから筋肉量を維持し、異常があればすぐに気づけるよう、普段から愛犬の歩き方や呼吸の様子を注意深く観察する習慣をつけてください。

イングリッシュ・マスティフのかかりやすい病気

股関節形成不全

股関節形成不全は、骨盤と大腿骨の噛み合わせがうまくいかず、関節に炎症や痛みを引き起こす遺伝性の疾患です。歩くときに腰が左右に不自然に揺れる、散歩を嫌がる、立ち上がるのが辛そうといったサインが見られたら注意が必要です。予防としては子犬期の過度な運動を避け、肥満にさせない体重管理が必須となります。

胃拡張・胃捻転症候群

胃拡張・胃捻転症候群は、胃にガスやフードが溜まって膨らみ、さらに捻れてしまうことで周囲の血管を圧迫する、一刻を争う致死率の高い緊急疾患です。食後に突然大量のよだれを流す、何度も吐こうとするのに何も出ない、お腹が異常に膨れるといったサインがあれば、すぐに夜間でも救急受診をしてください。予防には、ドッグフードを1日複数回に分けて与え、食後1〜2時間は絶対に激しい運動をさせない工夫が有効です。

眼瞼異常・白内障

眼瞼異常(まぶたの内転や外転)や白内障といった目のトラブルも、本種には比較的多く見られます。目が常に充血している、涙や目やにが異常に多い、物にぶつかるようになるといった様子が受診の目安です。日常管理としては、顔まわりのしわを清潔に保ち、目に被毛や汚れが入り込まないようケアすることが大切です。

イングリッシュ・マスティフに似た犬種

ブルマスティフ

イングリッシュ・マスティフのような“マスティフらしい重厚感”を持つ大型犬は、世界中にいくつか存在しており、外見の特徴から混同されやすい傾向にあります。しかし、それぞれの歴史や家庭での飼いやすさには細かな違いがあります。

マスティフ系犬種の比較
犬種名 体格の傾向 皮膚の特徴 性格・飼いやすさの傾向
イングリッシュ・マスティフ 最大最重量・超大型 頭部や口元に適度なたるみ 比較的穏やかで従順だが圧倒的パワー
ブルマスティフ 一回り小ぶりな大型 たるみは少なめ 活動的で警戒心がやや強い
ナポリタン・マスティフ 超大型 全身に深いしわと著しいたるみ 防衛本能が極めて強く初心者向けではない
カネ・コルソ(イタリアン・コルソ・ドッグ) 大型・引き締まった体型 たるみは少なく筋肉質 機敏で運動量が多く厳格なしつけが必要

ブルマスティフとの違い

ブルマスティフは、イングリッシュ・マスティフとブルドッグを交配して作られたという、全く別の成り立ちを持つ犬種です。名前や顔立ちは非常に似ていますが、体格を比較すると明確な違いがあります。

イングリッシュ・マスティフのほうがより重厚で、体重も遥かに重くなりやすいのに対し、ブルマスティフは一回り小ぶりで、夜間警備犬としての俊敏さを残しています。家庭での飼育を考えた場合、ブルマスティフのほうがサイズ的には扱いやすい面もありますが、活発で警戒心が強い一面もあるため、より毅然とした対応が求められます。

ナポリタン・マスティフとの違い

ナポリタン・マスティフもまた、イングリッシュ・マスティフと同様に巨大な体躯を持つ護衛犬由来の犬種ですが、その見た目の最大の特徴は「全身の皮膚のしわとしわの深さ」にあります。

イングリッシュ・マスティフの皮膚のたるみが主に頭部や口元に限定されているのに対し、ナポリタン・マスティフは首回りや体全体にわたって著しい皮膚のたるみを持っています。顔まわりの印象が劇的に異なるため、見分け方は非常に簡単です。また、ナポリタン・マスティフのほうが防衛本能が鋭く、家庭犬としての難易度はさらに高いとされています。

カネ・コルソ(イタリアン・コルソ・ドッグ)との違い

カネ・コルソ(イタリアン・コルソ・ドッグ)は、イタリア原産のマスティフ系犬種であり、力強い大型犬という共通点はあるものの、イングリッシュ・マスティフに比べると非常に筋肉質で引き締まったアスリートのような体つきをしています。

顔立ちに皮膚のたるみは少なく、すっきりとした輪郭を持ち、運動能力や機敏さにおいてイングリッシュ・マスティフを大きく上回ります。家庭で飼育する際に求められる運動量も非常に多く、エネルギーを発散させながら、より厳格でアクティブなしつけの方向性が必要となる犬種です。

まとめ

アップのイングリッシュ・マスティフ

イングリッシュ・マスティフは、イギリスの古い歴史の中で護衛犬として恐れられながらも、現代ではその深い愛情と驚くほどの落ち着きによって、最高の家庭犬としての地位を確立した超大型犬です。その巨体、短毛の扱いやすさ、フォーンやブリンドルといった美しい毛色、そして適切な社会化を必要とする性格など、どれをとっても唯一無二の魅力にあふれています。

この犬種は、その圧倒的なサイズとパワー、そして生涯にかかる莫大な費用を受け入れ、万が一の事態にも犬を完全にコントロールできる責任感のある家庭に向いています。飼育のハードルは非常に高いと言わざるを得ませんが、それらを全てクリアした飼い主に対して、彼らはこの上ない静かな忠誠心と、家族を包み込むような優しい温もりを返してくれるでしょう。